日記 11(原武史)
(2014年の日記です/引用者註)
四月二十九日(火)
……柳美里『JR上野駅公園口』(河出書房新社)が届く。
現天皇と同じ一九三三年に福島で生まれた男が、東京オリンピックの前年、常磐線に乗って上野にやってくる。その後、息子や妻を失ってホームレスになり、上野恩賜公園で生活していたとき、現天皇と現皇后の行幸啓に伴い「山狩り」が行われ、強制的な立ち退きにあう。そのとき男は、高級車に乗る天皇と皇后に向かって手を振る。
現天皇の姿は、男が四七年に原ノ町の駅で見た昭和天皇の姿に重なる。昭和天皇は戦後巡幸で東北地方を回る途上、わざわざ原ノ町で下車したのだ。天皇陛下万歳を叫ぶ人々の声が男の耳にこだまする。
最後は上野駅のホームで山手線内回りの電車に飛び込むこの男の生涯の節目節目に、昭和天皇や現天皇や現皇后は大きな影を落としている。被災地を回り、人々を励ましている天皇や皇后が、同時にホームレスを排除する権力をもっていること、そのほほ笑みに包まれた権力は、排除される当事者自身すら陶酔の渦に巻き込んでしまうことを、小説の力によって示した意義は大きいと思う。
(pp.52−53)