投稿者: TAKAHASHIShu

『蘭学事始』


『蘭学事始』
(杉田玄白・著、片桐一男・全訳注、講談社学術文庫)

 これまでの腑分けというのは、このような人にまかせて、その人がそれぞれの部分を指して、肺であると教えたり、これは肝臓である、腎臓であると切り分けてしめしていたのものであった。それを見に行った人びとは、ただそれを見ただけで帰って、
 「われわれはじかに内臓を見きわめてきた」などといっていたまでのことであったという。もともと内臓にその名称が書きしるしてあるわけではないから、腑分けするひとが指し示すのをみて、わかったということで、それがこのころまでのならわしであったということである。
 (……中略……)
 老人がまたいうには、
  「今まで腑分けのたびに、見学の医師のかたがたにこれらの内臓を指し示してきたのであるが、だれ一人として、それは何、これは何といって、疑問にされたおかたもなかった」
 といった。
 (pp.39−40)

『誰か』

『誰か』(宮部みゆき・著、文春文庫)

「人間てのは、誰だってね、相手がいちばん言われたくないと思ってることを言う口を持ってるんだ。どんなバカでも、その狙いだけは、そりゃあもう正確なもんなんだから」
(p.436)