月別: 2019年6月

〈ヤンチャな子ら〉のエスノグラフィー

 その際、私は家族の経験が多元的であるということが手がかりになると考えている。ダイは「ケアを提供しない」母親が「気遣ってくれていること」に着目し、同居に値する「家族であること」を成し遂げていた。このダイの事例は、家族の成員がケアを提供していなくても、当事者たちが「家族であること」を成し遂げる可能性があることを示している。松木洋人は、子育て支援をおこなう者が、「子どもけのケア提供は引き受けるが「親であること」は引き受けないという実践」をしていることを実証的に明らかにし、そのことが、家族にとって、子どもへのケア提供は外部化するが「親であること」は放棄しないという実践を可能にしていると指摘した。
(p.231)

「みんな一緒」という考えはやめたほうが日本の将来のためです/西郷孝彦ロング・インタビュー

西郷孝彦は、世田谷区立桜丘中学校校長。桜丘中学校のウェブサイトを眺めるだけでも勉強になります。

西郷 ……僕が勝手にそう思っているだけかもしれないけどジブリ作品にもそんなシーンがありましたよね。「千と千尋の神隠し」で、千尋がカオナシと2人で電車に乗って走っていくところ。あのときに千尋が大人になっていくじゃないですか。最初は子どもだったけど、途中から大人の顔になった。「これ、中学と同じじゃん(笑)」と思って感動しましたよ。だから、中学校って毎日ジブリの映画を見ているようなものなんです。これはお世辞じゃなくて、ジブリの作品ってそういうところありますよね。
(pp.19−20)

僕は自分の道をいくことに決めた(コルピ・フェデリコ)

 こうした当時の経験により、僕はふたつのことを学んだ。ひとつは、どんなに素晴らしい作品を作っても、それをユーザーに届ける流通網を持たない限り成功することはないこと。もうひとつは、流通会社に財布の紐を握られている会社には未来がないことである。
(p.66)

日記 11(原武史)

(2014年の日記です/引用者註)
四月二十九日(火)

……柳美里『JR上野駅公園口』(河出書房新社)が届く。
 現天皇と同じ一九三三年に福島で生まれた男が、東京オリンピックの前年、常磐線に乗って上野にやってくる。その後、息子や妻を失ってホームレスになり、上野恩賜公園で生活していたとき、現天皇と現皇后の行幸啓に伴い「山狩り」が行われ、強制的な立ち退きにあう。そのとき男は、高級車に乗る天皇と皇后に向かって手を振る。
 現天皇の姿は、男が四七年に原ノ町の駅で見た昭和天皇の姿に重なる。昭和天皇は戦後巡幸で東北地方を回る途上、わざわざ原ノ町で下車したのだ。天皇陛下万歳を叫ぶ人々の声が男の耳にこだまする。
 最後は上野駅のホームで山手線内回りの電車に飛び込むこの男の生涯の節目節目に、昭和天皇や現天皇や現皇后は大きな影を落としている。被災地を回り、人々を励ましている天皇や皇后が、同時にホームレスを排除する権力をもっていること、そのほほ笑みに包まれた権力は、排除される当事者自身すら陶酔の渦に巻き込んでしまうことを、小説の力によって示した意義は大きいと思う。

(pp.52−53)